『反穀物の人類史』『火の賜物』

 ジェームズ・C・スコット『反穀物の人類史』と、その参考文献に挙げられていたリチャード・ランガム『火の賜物』を読んだ。
 反穀物の人類史は、「反穀物とはどういう意味なんだ?」と思っていたが、この反はantiではなくagainstの意味で、逆らう、反発する、くらいのイメージでいると本書の大枠に合致する。扱われる時代は初期国家が誕生したとされる紀元前3000年あたりが中心となる。メソポタミアにウル第三王朝が栄えたとされるのが紀元前3200年。筆者は、人類は穀物栽培を行うことで定住するようになり、所有が生まれ、権力関係が生じ、国家が誕生したという通説に対し、この本において別のストーリーを提示しようとする。なぜ定住し、単一穀物の耕作が行われるようになったか?
 実際のところ(と言っても誰も目にしたことはないのだが)狩猟採集民の方が、肥沃な沖積層で生活するためには定住農耕民よりも食のレパートリーが広く、余暇の時間も多く、天候不順や疫病にも強かった。魚、豆類、野鳥、大きな肉食動物、このような自然の天候や環境に合わせて移動する生活の方が、より安全で安定的だった。一方、定住には疫病が一気に広まるリスク、単一栽培のため環境変化への適応の難しさもある。なのになぜ人々は定住を選んだのか?穀物栽培の開始→定住、という通説はあまりに安易過ぎるのではないか。
 初期国家は生まれては消えるものだったようだ。国家には税の徴収が不可欠である。初期国家のいずれもが穀物国家であったのは、穀物が最も徴税に適した作物だったからだ。地上に実り、収穫時期が決まっており、保存がきく。しかし疫病の流行、天候不順、住人の脱走から容易に崩壊したとされる。大きな原因として紙面が割かれているのが、脱走、疫病、森林破壊であった。国家は大量の樹木を必要としたが、沖積層を土台とした国家にとって、伐採のしすぎによる河川の氾濫周期や環境変化は致命的だったようだ。実際、記録に残っている国家(住民台帳があり、行政官がいて、文字がある)は僅かであり、実際にはもっと国家らしきものが生まれては消えていったとされる。その成立と崩壊はゼロイチのものではなくマージナルなグラデーションで、その国家の中で暮らす人々と周縁に生きる狩猟採集民の行き来についてもマージナルな領域が存在していた。国家の崩壊は、疫病による全滅を除き、その土地に生きる人々にとっては再度、狩猟採集民(野蛮人)に戻り、生活を安定させることだった。
 1600年代に国民国家が成立するまでのあいだ、定住農耕民よりもその周縁に生きる″野蛮人″の黄金時代だった、というのが筆者の考えである。国家に定住する人口と野蛮人の人口比は明らかに後者の方が多く、またその二者では交易のようなものが行われ(匈奴突厥などがそうである)、また国家の奴隷として捉えられていた。しかし、結局のところは定住農耕民が主食とした穀物(デンプン質)が女性の生殖寿命を延ばし人口の再生産率を高めた。また、疫病への免疫を周縁の野蛮人よりも獲得した。疫病を生き延びた者が生き残ったのだ。紀元前一万年から5000年の世界人口は300万〜400万の伸びでしかないと言われるところ、その後の5000年では1億人となり、その後の人口増は定住と農耕の穀物食のためとされる。

 一方、『火の賜物』が扱う時代スパンは300万年前のアウストラロピテクスから20万年前のホモ・サピエンスである。なぜ我々の祖先は二足歩行をし、脳が大きく、歯が小さく、消化器官も相対的に小さいのか?なぜアウストラロピテクスからホモ・サピエンスに進化できたのか?
 この問いに火の使用、もっと具体的には人類が料理を始めたからだと答えるのが本書である。この進化は、通常は肉食で説明されてきたようだ(狩る人説、と言う)。また、木登り能力の喪失や解剖学的変化についても、通常は肉食によるエネルギーの増加によって長距離移動が可能となり、足腰の成長・手や肩の退化が起きたと説明されてきたようである。しかし筆者は料理によるものではないかと言う。それも、火を使った料理なのではないか、と。
 300万年前のアウストラロピテクスから230万年前のハビリスへの進化は確かに肉食で説明できる。しかしそのハビリスからホモサピエンス種に近い180万年前のホモエレクトスへの進化は肉食(生食の肉食)だけでは説明できない、と。
 火の使用は通常では20万年前から、と言われる(ホモサピエンス)が、ここでも筆者は180万年前のホモエレクトスへの進化には火の使用と料理があったのではないかと説明する。
 火を使うことでかつての祖先は安全に地上で寝ることができるようになった(夜は12時間ある。代わり番こに寝れば良いのだ)。また、暖が取れるようになった。暖が取れるようになり体毛が薄くなり、夏でも長距離の移動ができるようになった。発汗システムが改良されたのだ(他のチンパンジーボルボは少し走ると汗をかいてすぐ動けなくなるそうだ)。料理によって消化が外化され、エネルギー摂取効率が高まった。咀嚼時間が短縮され、歯が小さくなり、内臓を含めた解剖学的な変化が生まれた。咀嚼時間の短縮は狩猟の時間を増やした。性別役割分業が生まれ、婚姻制度のようなものが、社会経済が生まれた。かくして人類の歴史は始まった...。