無題

身体

 これだけ人間身体が蔑ろにされる時期もそう無かった気がする。リモートでいいよ、オンラインでいいよ、ということの意味は、俺はお前には情報しか求めてないよ、という意味が含意されていると考えている。情報だけあげてくれ、と。
 政治家が会食をしていることが一時期(いまも?)バッシングの対象となっているが、政治のような微妙なネゴシエーションや曖昧な肘の小競り合い、小突きあいを身体のない場所で行えるだろうか。私はとても出来ないように思う。単なる情報のやり取りで決められるようなものではなく、相手の身体の持つ雰囲気や緊張感、緊迫度合い、切実さというものが加味されて政治的な決定はなされていく。単にデータを代入して出てくる数値に基づいて政治的な決定を行えばいいのであれば人間がやらなくてもいいが、そのような政治を求めているのだろうか?あるいは、政治に限ったことではないかもしれないが。
 0と1に還元できない領域が人間の身体にはあり、政策の決定や、物事の合意は微妙な空気感を伴って行われる。zoomや電話、メールではある程度の代替は可能だ。だが、いずれもある程度であって全てではない。仕事だからと割り切ってしまえる部分もあるが、果たしてそれが長続きするだろうか。恒久的にフルリモートに切り替えた会社もあると聞くが、早晩この流れは大きなより戻しの動きが生まれるだろう。身体の側にとってストレスフルだからだ。