セクハラおっさんが来て考えたこと、他

セクハラおっさんが来て考えたこと

 最近あまり勉強できていない。この春から一緒に働くことになった人が典型的なミソジニーホモフォビアのおっさんで、セクハラがとても酷く観察している。そのうち録音して社会的に○んでもらった方が良いのでは無いかと考えている。
 たぶんどこの職場にもたくさんいるようなタイプの1人で、こういう人の方が生きやすい世界なんだけど、男の自分も生きづらさをこの中では感じるし、女性陣は抑圧されていることすら自覚できないくらいにはそれが自然になってしまっている、とは思う。

 ここからは不勉強なゆえに仮説なのだけども。
 男性支配の強い職場では、女性は自らの性的な魅力をどんどんひた隠すように力が働くんじゃないかと昔から感じている。女性に自らの魅力を出させることに対してものすごく抑圧的な力が働いている。その結果、女性らは自らの体型を隠す服装、身なりに無頓着な方が楽になり、化粧はうすく、過剰なセックスアピールを避けるようになる。むしろ太ったりセックスアピールからほど遠く離れているほど心理的な安心感を得られるところがあるのではないか。
 女性的な魅力を出すことは職場の権力勾配を乱すことに繋がる。そういう職場内の権力勾配を乱そうとする女性を男性は心の底では恐れていて、過剰に防衛的になり、被支配下に置こうとする。

 こういう点を把握したうえで、ジェンダー的に平等で女性が輝く()職場というのは、どう考えていけば良いのだろうか。それはセックスアピールが十分に出し合えるくらいに権力関係が拮抗している状態なのか(目に見えないし尺度をどう計測するのだろう?)性的な部分は関係ない働きやすさなのか(育休の取りやすさや職場復帰後、キャリアの再構築というのはこっちだろう)、他にどのような論点があるのか。

無題

 たぶん、いまこの国がゆるやかに下り坂を転げ落ちていく様、格差が拡大して国が瓦解していく姿を見ているんだろうな、と思うと悲しい気持ちにもなるけれど、どの国にも成長する時期と下る時期があり、良くも悪くも先進国が辿る道なんだろうな、と。
 Twitterはまたこの緊急事態宣言で政治的なギスギスが目立ち始めて、少し離れようという気持ちになっている。
 仕事では自分に今の状況を改善するために出来ることはとても少なく、とても歯痒い、力なく打ちひしがれる思いでいる。なんとか、平常時のやるべきことを遅滞なくやっているけれど、これでいいのだろうかという気持ちが消えない。消えないが、また場所が違ったとしても思うことは同じなのかもしれない。他の、私の想像力の及ばぬ人々と同じように、今この時期はただただ過ぎ去るのを待つしかないのかもしれない。個人がそれぞれに、自分の領分を守って、なんとか生き抜けるしかない。誰に文句を言うのでも、呪詛を吐くでもなく。