引き続き、シューマン

 1楽章(fantasie)の中間部のセクションにはIm Legendenton と記載がある。legendeとはドイツ語で聖人伝の、伝説の、作り話の、という意味だとアポロンドイツ語辞典には書いてあった(ドイツ語の辞書をなんてめくるなんて、何年振りだったろう)。どこかのインターネットの記事には「昔話を語るように」との訳がされているのを見かけた。tonとは音とか、そのままトーンでも良いと思う。このあたりは、いまも大学院に残って勉強をしている同期に話をいつか聞かなきゃな、とも思っている。

 この伝説というのは一体なんだろうか?シューマンの言う伝説とは何を指していたのだろう?ロマン派だから、ジークフリートやニーベルンゲンのようなゲルマン神話北欧神話が念頭にあったのかもしれないが、このlegendenというのはこれらの古くから伝わる話に出て来る英雄を指しているのだろうか。ロマン派は、ギリシア・ローマ文化が再興したルネサンス文化とは異なり、むしろドイツでは北欧圏の民話や伝説と結びつきが強かったと聞く。それが19世紀以降にゲルマン神話はドイツナショナリズムと結びついていく過程を辿るというのが通説としてよく語られることではあるけれど、シューマンも確かに19世紀の前半を生きた人だからそこに含まれることになる。遥か昔だが、ジークフリートの映画は見たことがある。ニーベルングの指環も。葉っぱ一枚を身にまとって怪物を退治する白黒映画。でもこれらはトーキー映画だとしても19世紀末、写真が発明されてからだからあの映像をシューマンが見たわけではあるまい。きっと、もっと別の何かから神話について触れていたはずだ。

 なぜこの箇所にlegendentonと書かなければいけなかったのだろう?こんな指示は初めて見た。とても想像力をかき立てさせる素敵な指示語だけれど、どうしてこんな語を入れたのか。

 おそらくシューマンがこの頃にクララとの離別期間もあり、前田昭雄先生が言うような実存の危機にあったとして、実存の深いところで藁をも掴むような気持ちで手探りあてたものがこれらの神話だったのだろうか。遥か彼方とは、時間・空間的な意味合いだけでなく自らの奥深くに眠っている魂(ゲルマン的な)の意味合いもあるだろうか。