ブラック労働と存在への問い

 ソニーの駐在の社員さんが労災認定されたとのニュース。昨年から80時間以上の残業は法律で医師面談が必要となったけれど、それで勤怠管理を行うようになった会社もあれば、逆に80時間以上の残業者だらけで医師との面談の日程が追いつかず、これまでよりも管理しなくなったところもあると聞く。ちなみに我が社は後者で、面談が追いつかないのでパソコンのログで時間を測るのを辞めた。
 私はと言えば、今日は天気がいいので半日休みを入れて帰ってきた。およそ人間とは思えないような働き方が存在することは知っているし、たぶんそれで救われる人がいることも知っている。仕事に忙殺されることは、存在についての問いを一旦は保留にすることができる。目の前に明確なやるべきことがあるということは、それ自体が救いとなり得る。存在に対する問いに向き合わなくて良いのは、向き合うことに比べたら気が楽なものだ。もちろん、文字通り忙しいのだろうけれど。
 いろんな要素があるから一概には言えないが、頑張っているという感情部分での評価が欲しいものや、家に帰っても特にやることがない者、家に帰りたくない者もいる。ブラック労働を語るときには、上に書いたブラック労働の善の面を見ないといけない、と思うもののあまり真正面から取り上げられる機会も少ない。