本のレビューを書こうと思っていたけれど まだ書けていない。
締め切りのない仕事のようで どんどん先延ばしにしてしまう。締切は偉大だ。
さっきご飯を食べたら、少し気持ち悪くなってしまい、ついにコロナか!!とびくびく怯えていたのだけれど、少し横になっていたら、気持ち悪さも消えていった。さいなら気持ち悪さ、バイバイ。熱もないし咳もない、だるさも直ったヨシ!なんともないぜ。

情報を得るための読書と、文を味わう読書があって、前者は、究極的には0と1で表現できるだろう。何何について書かれている本、と対象を切り出すことができる。正しく伝えるために、わざわざ書かないという方法を取る著者は少ない。誤解のないよう、平易に客観的に。こちらも知識吸収モードで本を読むから、いらないところは飛ばすしいるところはゆっくり読む。インターネット広告でたまに見るライティング講座みたいなものは、この0と1をいかに0と1で記述するかという訓練みたいなものだろう、webメディア媒体の言葉はどれもそんな感じだ。

なんでこんなことを書いているかというと、久方ぶりに詩集を開いてとても贅沢な気持ちになったからであって、ここ数年で一番贅沢なことをした気持ちになったからであって、ああゴートゥーで旅行なんて行かなくてよかったそのお金で新しく知った詩集を買おうと思っているからであって。久しぶりに詩に触れて、ほんとうに心が生き返るような気がしたのだった。

そのうち常時接続型SNSがくるだろう、ってことは言われていて、それってプライベートな空間まで資本の論理が侵食してきたように感じていて、なんだかとても嫌な気分。何でも明るみに出して「YOU言っちゃいなよ」なキャルセルカルチャー禍にあっては、心の隅まで玉ねぎの皮を剥がされて白昼に晒されている僕たち私たちにあっては、もう隠す部分がなくなりそうである。まじ全裸。昨日の地震のときも全裸だった。

詩人の言葉はリアルを隠すし、だからとても心に優しい。