焼き芋を焼く等して過ごす、あるいは社会を守ること

 今日は起きて早い時間に10kmを走った。一度は本屋には行ったが、友達と全然話をしていないからか気分も上がらず、だらだらと過ごしてしまう。あまりに長い休日では、読書のモチベーションもラッファー曲線を描くようにある地点を越えると尻すぼみになってしまうようだ。とは言え、だらだら過ごせるだけ良いのだろう。Twitterでいつも見ているお医者さんたちが大変そうにしていて、何かできることはないかな、と思ったけれども特に思いつかず、少し考えてから家にいること以外いまのところ出来ることはないか、と思い、すると、だんだんと家にいることで少しは社会の役に立っているのかもしれないとモチベーションが上がってきた。

 ここ3日のあいだ、続けて焼き芋をグリルで焼いていて、ようやく頃合いがつかめてきた。280度で銀紙の上に乗せて18〜20分、長さは芋の太さによって決める。そのあと、10分くらい待つ。焼き直したり銀紙に包んでもう5分とか焼くわけではなく、ただ待つ(蒸す)。これでべっとりもしないしちょうど良く焼ける。
 焼き芋を焼いたあと、成城石井に行ってはみたものの思い描いていたビールは売っていなかったのですぐに帰宅。調べてオンラインでワイナリーからビールを取り寄せることにした。その後、講談社新書の『健康格差』を読んだ。出生時の体重と成人後の疾患に関係があることはこの本を読んで初めて知った。

 ネットニュースを見ると緊急事態宣言が、とあるけれども、飲み屋が8時に閉まってしまうのは悲しいな。私は特に駅伝に応援に行ってしまう人や、新年に渋谷でパーリーピーポーしてしまう人やモラルハザードにつけ込んでウェイしてしまう人がいることは仕方ないかなと思う。多分自分が大学生で一人暮らしを都内でしていたら、友人らと同様の行動をしていないと言えるかどうか自信がないし、ちょっとしたスリルを感じようと街に出ていたかもしれない。テレビも見ないだろうし、自分の意識がネットの意識と大きく相関することもないだろう。個人の行動での幸福最大化とマスの最大化が異なってしまう公害にも似た構図の調整は政治の仕事で(やんや言われながらも彼らは私たちの考えが及ぶ以上のところで色々と考えているのだろう)、皆が不満を持ってネットニュースに各人の欲望を映している状況だろうけれども、やはりサイコロ一つの目の出方で社会がどうにかなってしまうということはなく(それを望んでいたとしても)、今は各人が地道に耐えて、自覚のある人たちが社会を守っていくしかないのだろう。私が焼き芋を焼くように、各人が各人でそれぞれの焼き芋を焼くのだ。