演奏と初動負荷トレーニング

初動負荷トレーニングが気になっていくつかYouTube動画を見た。いま25kg×2の可変式ラバーダンベルとプッシュアップバー、明治のプロテインで身体を大きくしているけれど、ある程度大きくなってからは可動域やしなやかさを求めた方が楽器の演奏にも有益だろうということは素人の想像でも容易に思いつく。初動負荷トレとはなんぞや、という説明はここでは省くけれど、イチローがやってたやつ、といえば「ああ」と思い当たる人もいるのではないかと思う。

動画を見て思ったのは、楽器の練習はそのまんま初動負荷トレと同じだということだった(私が練習の時になにに気をつけてどういう練習をしているか、という思考が初動負荷トレと同じ考え方だった、という方が近い)。筋肉がリラックスしているゼロの状態をつくる。そこから必要最低限の刺激で意図した動きをする。どこかで力の伝わりが阻害されているとうまくいかない。どこで阻害されているかを見つけ、部位を意識して改善していく。上手くいかないところは、なんらかの理由で動きが阻害されているだけだから、それを取り除くだけでいい。超絶技巧といわれるものは脳科学の人たちから言わせれば複雑な信号の受け渡しがストレスなく行われている状態なんだろう。初動負荷トレもこのあたりを考慮して考案されている。いずれにせよ、力は必要ない。自分の身体の出力できる範囲の力で全然問題ない。

メディアに注目されるようなコンクール入賞ピアニストは、最近では派手なモーションをする人が多いけれども、派手さはないけれども体幹がブレずに力が抜けて動き自体が美しいピアニストや演奏家というのはたくさんいる。単に自分は後者の方が好みだというだけだけれど、こういったアプローチが注目されて指導者に受け入れられれば、大人になってから上手くなることは全然可能だとするメソッドも出てくるかもしれない(もうあるのかもしれないが)。

私自身、29歳の時にまたピアノを再開してこのまえはショパンを弾いたわけだけれど、拡張された身体として鍵盤を捉えられる(ピアノを弾く身体になる、と私はよく表現していた。まだぜんぜんピアノを弾く身体になってない感じがする、とか)までには1年かそれ以上かかった。その時、やはり鍵盤の上に手を置いて、全身の力が抜けている状態を作れるか作れないかが大きな分水嶺だったように思う。鍵盤の上に手を置いたらすぐにピアノを弾く身体のバランスになる、という状態。これは初動負荷トレと非常に考え方が近い。野球やサッカーについては全然素人だけれども、おそらくトップの姿勢を取ったときに力が抜けて身体のバランスが整っており、手を出す手を出さないの判断から脳が指令を出して、無駄のない刺激で必要最低限の動きでバットを出す、という訓練と想像する。

大きな筋肉と、きめ細やかな柔らかい筋肉というのは矛盾しないのだろうか。いろんな本を読めば載っているのだろうけれど、矛盾しないと仮説を持って取り組んでいる。大きな筋肉、マッチョな身体が隆盛なのは資本主義社会と不可分であるが、今後カウンターとしてしなやかな筋肉という価値観が出てきたとき、医療分野でもこの初動負荷トレが取り入れられて(そのほか仮説でしかない様々な雑音とともに)もてはやされる時期が来るのではないかと思う。よく考えてみようぜ、そもそも生活に大きな筋肉は不必要だろ?それよりも怪我をしない柔らかい筋肉にしようぜ(脳にもいいし)、と。