リアルとSNSの逆転現象

仕事を終えて6時くらいから少し寝入ってしまった。オーケストラの友人らと温泉に来ている夢。だらだらとおしゃべりをして、バスの時間が何分だから何分までに集合しよう、みたいな話をした。また、練習をして、なにやら講義も受講していた。


SNSはもう「何でも好きたことが言える場所」ではなくなってしまった。「本当の自分が考えていること」や「自分のナイーブな部分が感じていること」を吐露するような場所はどんどん駆逐されてしまった。それは、そうしたテクストをインターネット上に残すことがリスクになりかねないことと、皆が皆SNSアカウントを持つように(全員では無いにしても、リスクだと感じるくらいに)なったからだろうか。あるいは、本当の自分をめぐるテクスト群を志向する人たちが単純に減っただけなのか。いずれにせよ、SNS上につらつらと居酒屋やカフェで親しい友達にするような身の上話をすることは危険だ、との認識が広まったことは確かなように思われる。


そうなると、SNSには「書いても無難なこと」しか書けなくなる。じゃあ、SNSに書けないことはどうなるのかと言うと、「リアルに戻る」のではないか。インターネット上にかつて存在した小さな秘匿的な空間が担わされた役割りが、いまやリアルコミュニティに担わされようとしている。奇妙な逆転現象が起きようとしている。


白饅頭氏が、zoom飲みをできるのはコミュニケーション強者だと書いていた。その理由の一端としてそういった流れがあるのではないかと思ったのだった。情報は囲われ、SNSに書ける情報とそうでない情報は選別される。SNSには当たり障りのないことを書き、また戦略的に運用され、血の通った会話やおしゃべりはzoomのような対面コミュニケーションを介して、クローズドな状況で行われる。クローズドな状況で行われる場所で得られる情報はSNSで誰にでも発信されるものよりは密度が高く、価値があるものになりがちだ。えてして、SNS外のコミュニティを持つことが価値をもつ。


私の観測範囲が狭いだけで、もっとリアルとSNSの関係はインタラクティブなものかもしれない。しかし、大義ではリアルとSNSは補完関係にある、リアルを補完するものとしてSNSを位置付けることがリテラシー的にも良しとされてきたと認識している。しかし、リアルでのコミュニケーションが減らされてしまった今、よりSNSでリアルを代替する状況が生まれている。この状況では、リアルコミュニケーションがSNSを補完する、と主従関係の逆転が起きている、ような気がする。