日記

 そうそう、ただ書くこと、と思う。意味があることを何か紙にまとめてから、チャートにしたりグラフにしたりマトリクスにしたりしてから記事を書く。そういうのは実利的で、最近ではそういう「意味のある記事」ばかりが目について(そういう記事の方がpvが稼げるのだろう)、あまり個人の生活感溢れる文章というのを見なくなった。何にもならない文章、何にもならない生活、何にもならないその人個人のルーチン。何も考えずにまず開いてしまうインターネットのページ、起動させてしまうアプリ。

 今を内在的に生きること、というのは気をつけないとできないことで、僕はついつい未来のことを考えてしまう。27歳の時もそうだったし、今も何かを決断しようとするとそういう先回りの予防に徹してしまう。良い面と悪い面がある。普通でいられることと、普通でしかいられないこと。有限的に生きることと、有限性を破ろうとすること。欲望をどこかで諦めることと、欲望をぐるぐると育てていくこと。今の職場は圧倒的に「普通」の人で構成されている。それはそうじゃないといけないだろうから当然だけれど、僕までそこに馴染んでしまっているところはあって、それが日々の不安感や焦りの原因なのかもしれない、とふと思う。

 例えば、いま僕は部屋を一室全て防音してしまいたくて、そこに何ならグランドピアノも入れてしまいたい。もう一年くらいそんなことを考えていて、今日やっと業者にメールで見積もりの依頼をして。これできっと300万とか400万という数字が出てきて(200くらいかもしれない)、はたしてその金額を「えいや」っと出す決断をできるだろうか?きっとそこでまた悩んでしまう。誰かに良いよと言ってもらいたい。

 欲望を諦めないこと、ということを言ったのはフロイトだったか、ラカンだったか。