社会の感染と仮想現実を生きる日々

世の中

 緊急事態宣言というものが出されて2週間が経過した。Twitterでは、医療関係者から切迫した状況が伝えられていた。noteでもそうだった。政府からはアヴェノマスクなるマスクが配付され始めたようだが、カビが生えていたり、不衛生だという声が多く寄せられ問題となっている。466億円をかけたそうだ。今の日本はビッグマックが390円である。また、国民一人当たり10万円が給付されることになった。大卒初任給は今は大体20万くらいだ。大学生なら、家賃も含めると一ヶ月を生活していくのにカツカツになる金額だろう。個人事業主ならなおさらである。ともかく、10万円が給付されることになった。政治家はこの10万円を受け取る受け取らないをtwitter等のSNSで公言することによって昨日からマウント合戦になっている。「私は受け取りません」というのは「欲望を我慢します、本当は欲しいけど」というアピールにしかならないので、私は冷ややかに見ている。「別になんとも思わないけどハガキが来たら返しておくか」みたいな人は、わざわざこんなことは言わない。ともあれ、政治家なので政治的なアピールは必要だから、こういう欲望に関する話題には政治的マウントを取りに行くというのは正しいのかもしれない。

世論でコロコロ政治判断が覆される

 風俗嬢は現金給付の対象に含まれない、という発表がされてからSNSが大荒れになった。すると、数日経ってから風俗嬢ら夜職につく人たちも給付対象者に含まれることになった。昨日は広島県知事が職員から配布される10万円を基金として集めると発表した。案の定ヤフコメ等で叩かれ、今日には撤回することとなった。最近、ネットで騒ぐことで政治的判断が覆されるという事例をよく見かける。アベノマスクについては配られてしまったが。こんなことは今まで経験したことがないと思うから驚いている。ヤフコメのサムアップボタンを押す5万人が、首相官邸の前に集まる5万人のような集合的身体を獲得したのだろうか。あ、あと安倍首相も星野源さんの動画に便乗した件で、謝罪のような謝罪でないようなものをした。これも相当な数の批判に晒されていた。
 これは、僕たちが夢見たネット民主主義なのだろうか?政治参加していると言えるだろうか。今こそ東浩紀の一般意志2.0を読むべきなのではないか(僕は読んでないけどそんな話が書いてありそう)。

筋書きのないRPGゲーム

 ともかく、二週間も外出自粛を強いられている。先週の日曜日はいい天気だったこともあり、予測どおりお出かけする人がたくさんいたようだ。流石に我慢の限界、という感じもする。身体を動かしたい、ストレスも発散したい。先も見えない。
 いろんなデマも流れる。陰口といじめで三重県では自殺する人が出たみたいだ。マスクはいまだに買えない。体温計も買い占められてしまう。PCR検査を受けたと言えば医療機関をたらい回しにされてしまうと思うと、黙っているというインセンティブを与えてしまう。結局その病院は閉鎖しなければいけなくなる。一つの発言、一つの行動が、一対一対応である現象に結びつく(ように見える)ことが増えている。ゲームの世界、仮想現実だ。平時であれば一つの行動の結果が一つの結果に表れることなんて気にしないし、そんなに強く見える因果関係なんて数が少ない。アベノマスクを早急に配布することにするとカビが生えたものを配ってしまう。10万円を配布すると県知事が職員から10万円を集める事態が起きる。3つの密を避けろと言うと公園が人でいっぱいになる。自宅勤務を推奨するとスーパーに親子で買い物に来る人が増える。大型モニターが品切れになる。7都府県に緊急事態宣言を出すと全国に感染者が帰省して散らばってしまう。因果関係は追えないが、人の動きは追えるということだろうか。まるでゲームの世界だ。社会全体がこのコロナウイルスに感染して、皆でヴァーチャルなゲーム空間を生きている。手を洗う、人と接触しない、近づかない、という時空間で、サブタイトルは「キミは感染せずに生き延びれるか」だろう。高齢の家族に移せば家族が死ぬ。10万円を手に入れた、「トゥルットゥルー!」「アマゾンではマスクは売っていないようだ」「マスクは売り切れのようだ」画面をリロードしまくるのと同じように店頭に並ばないといけない。
しかしこれが現実なのだが、一気にゲーミング要素の強い現実となった。このうっすらとした社会全体の感染は、あとどれくらい続くのだろうか。政府はゴールデンウィーク期間の人の動きを気にしているようだ。早速今日の専門家会議の会見でも「オンライン帰省」という新しい言葉が出てきた。飲み会もオンラインでしなさい、と。基本的に「禁止」するよう求める方向でメッセージを出している。動くな、活動量を減らせ、人と会うな、と。僕は、こういう時に一番有効なのは、日本人には「みなさん家にいますよ」という世間という権力を行使することではないかと思っている。もともと権力に批判的なものの見方をする人たちは気にしないけれど、世間を気にしてうまく世渡りしている世間という権力を内面化している人たちには一番効くと思っている(マーケティングがうまくいけば)。これは、結局三重県で起きた自殺につながる同調圧力なので僕は好きではないけれど、私が権力者であればなんとかうまく溶け込む形で行使できるようにしたいメッセージかもしれない。

読んでいる本

 「今読むべき人文書」というリストがあれば、これは10冊の中に入るだろう。丁寧にノートを取りながら読んでいる。ちゃんと感想を書きたいな。