新型肺炎を恐れつつ、カタストロフィーを待望する

 東日本大震災の時もそうだったと記憶するが、今回の新型肺炎のような有事の際には、普段は心の奥底に仕舞われているような欲望が形を変えて表出する。ヤフコメが一般心理とかけ離れすぎているように見えるのは、こういう時が最も顕著だ。

 なぜ煽動的なセンセーショナルなコメントばかりが並ぶのかについては、パンデミックを恐れる不安感情の裏返しとするもっともらしい理由付けをされるのであろうが、その中には心の奥底ではカタストロフを望んでいる人たちが混じっている。この社会を根底から覆すようなカタストロフ。もっと事態が悪くなり、社会全体がパニックを起こす様をひと目見て見たいという欲望。彼らが入国制限をしない政府を批判するのも、WHOと中国の蜜月を批判するのも、社会に対するルサンチマンをカタストロフへの欲望に転化させ、積極的に待望している。

 彼らは、大きな混乱もなく新型肺炎が収束に向かったときには、既に興味なんぞ失ってしまっているだろう。東京オリンピックが無事に再開されてしまっても、彼らは笑いもしないだろう。