薬物依存とか

薬物依存

沢尻エリカの件で茂木健一郎が連ツイしているのが目に留まった。茂木さんの連ツイは久し振りに見た気がする。たしかに薬物が報酬系をショートさせているというのは正しいように見える。努力してチャレンジした緊張感のある場面を経なくても気持ちいい体験ができる、だが俺はそういう生き方はしないよ、と読み取った。これを「高い壁の方が登ったとき気持ちいいもんな」理論と名付ける。

今の時代、真っ黒い肺の写真を見せられてCOPDを説明されるよりも、科学的エビデンスが大好きな一部の人たちにとってはこちらの攻め方の方が効果があるように思う。「あなたは薬物に依存することでチャレンジする気持ちを削がれているのです」という言葉に反応する人は一定数いるように思う。それがどれだけエビデンスに基づいているのか、ということを問わなければ。

薬物

薬物も随分と身近なものになった、と今回の沢尻エリカの件の報道を見て思った。SNSで騒がれているからだろうか、薬物使用者との心理的距離感が近くなったように感じた。「薬やってガンギマリで***したらめっちゃ気持ちいいんだろうなあ」とか「俺たち庶民はニコチンとアルコールで我慢するしかない」なんて意見がリアルに一定の共感を得てしまいそうな時代。

自由

薬吸ってガンギマリの多幸感を味わう自由と、法の禁止。ニコチン中毒、アルコール依存になって更生プログラムに突っ込まれる人と、その自由の問題。僕はそういう自由も蔑ろにしてはいけない、というところから考えたいけれど、「え、そんなのダメに決まってるでしょ」という顔をされることの方が圧倒的に多い。そりゃそうだけども。ちゃんと考えないと。

音程

音程に幅があるという自由について考えたい。