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高校の先生が亡くなった

先週の土曜日は、卒業した高校のオーケストラ部の計5代くらいの層の人たちが集まった演奏会だった。顧問の先生が亡くなったゆえの追悼演奏会、という形のもので、ゆかりのある人たちが、ガラコンサートのようにかわり代わり舞台で演奏した。俺もブラームス室内楽とオーケストラの曲を演奏した。ブラームスはピアノ五重奏Op.34、オケは魔笛とラデツキーとドナウ。みんなと一堂に会すのは10年ぶりくらいで、なかにはこの10年間一度も会っていない人もいた。むしろそういう人たちがほとんどだった。ちょっとした興奮もあったし、それはみんなもそうだったと思う。


当然かもしれないが、久しぶりに会った友人らはみな歳をとっていた。それも、それぞれに等しく年を取っていた。人よりも1つ多く歳をとりすぎたり、人よりも少なく歳をとっている者は一人もいなかった。住むところが変わり、勤める先が違い、やっている仕事内容も異なるなかで、同じだけ歳をとっているという事実は、音楽を続けているということを除けば全員にあてはまる唯一の共通点だった。あれから10年が経ち、俺は20代最後の歳を迎えた。


この演奏会の話を聞いたのは2ヶ月ほど前だったと思う。就業時間が終わってクソみたいな上司の小言に相槌をうちながら帰る準備をしていたとき、Facebookの通知が届いたのだ。1つ下の後輩からで、確か結婚するとか言っていた。演奏会の趣旨を聞き、そういうことならばと特に考えることもなくオーケーした。その時、少しばかりみなの顔を思い浮かべたものだった。当時の顔を思い浮かべて、それから今の顔を思い浮かべた。少し頬に膨らみをもたせ、少し肌をくすませたりしたけれど、多くの俺が思い浮かべた人たちの顔は当時とあまり変わらなかった。


実際に練習で会ってみても、あまり変わっていないと感じた。まあこんなものか、と思ったのだった。でも、少し時間をかけて思い返してみると、確かに、あの頃と比べると、みんな年を取っていた。その事に尊さを感じ、なんとも言えない充足感に胸が溢れ、満ち足りた気持ちに包まれた。だが少し、悲しくもあった。あの頃は、みんな音楽のことで頭がいっばいで(そのように俺には見えていた)、今も同じようにそうである人もいるし、でも、音楽からは離れて、新しい趣味を持ってる人もいた(それは高校生の時からそうだったかもしれない)。プロになった先輩はますます有名になるし、勤めている人たちはみな忙しく、偉くなっていく。何人かは結婚した。16歳だった後輩は26歳になり、18歳だった俺らは28歳になった。歳をとるということは、つまるところそういうことだ。みな等しく歳をとる。世の中で平等だと言える数少ないことの一つだ。


もう俺たちはあの頃のようには音楽は出来ない。高校を卒業してから、皆それぞれ違う大学で、違う音楽家から指導を受けた。俺もそうだ。そうして、高校の頃には無かったバックグラウンドを持つようになり、はたまた大学で音楽を続けなかった人にはそういうものがない。芸事の目指す先は一つに収斂するのかもしれないが、その道筋は無数にある。それが芸事の豊かさでもあり、難しさでもあると俺は思う。本来の市民サークルなどはそうした異なるバックグラウンドを持つ人たちを包括する団体として機能することが目指されるが、高校オケの同窓である俺たちは違う。「またあの頃のように音楽したいね」という言葉は、どうしようもなく深い嘆息と共に吐き出される。そんなことは不可能になってしまった。「またあの頃のように音楽はしたいね」という言葉はギャツビーが眺める対岸の灯火のようなものだった。


高校を卒業して少し経った頃、少なくない人たちが「あの頃のように」を追い求めた。具体的には、オーケストラを立ち上げたのだ。当時と同じメンバーを揃えて同じように練習をすれば、また当時のような喜びを味わうことができると俺たちは信じたのだ。けれどもそれは ー当然の如くー 上手くはいかなかった。今思えば上手くいくはずもなかったのだけれど、その頃はまだそのことに気付きたくなかったのだろうと思う。あるいは気付いてはいたけれど、それを認めたくなかったのだろうと思う。そして結局は自然と人が去り、それぞれに疎遠になっていった。対岸の灯火はますます遠のいた。


先週の演奏会にあたり、灯火を思い浮かべていたひとがどれだけいたのか俺にはわからない。俺の頭の中からは綺麗さっぱり消え去っていた。終演後の打ち上げでビールを3杯くらい飲んだ後、自分の周りにいる人たちが、同じように10年前にも自分の周りにいたこと思い出した。当時の顔を思い浮かべ、重ね、そこでようやくこうした物語が存在したことを思い出したのだ。演奏会を迎えるにあたっては、現実の楽曲の難しさと仕事のことで、郷愁に浸る余裕すらなかった。


また集まって演奏することも、なくはないだろう。先週も集まれば「またやりたいね」と皆口にする。俺もそう思う。かけがえのない時間であることには違いない。だが、一緒に練習すればするほどに、「もうあの頃のようにはできない」ことを確認することになる。それは仕方のないことだ。これが大人になるということなのか、俺には確信を持って言うことはできないけれど。


対岸の灯火に手が届くことはない。おそらくだけど、永遠にない。10年が経って、俺たちはようやくそのことを理解した。そして、一つ深い次元で互いを理解し合えるようになったんじゃないかと思う。けれどもそれは、対岸の灯火が消えてしまったことを意味するものでもないということも、理解している。俺たちは依然として対岸の灯火(これこそが、亡くなった先生や、当時指導しに来てくれていた先輩たちが遺してくれたものだ)という共同幻想で繋がっていて、集まるとすれば、その光の元に集まるのだ。