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男らしさとか女らしさとか

男らしさや女らしさという言葉を目にしたり耳にするたびに、少しざらっとした嫌な感じを抱くけれども、世の中の大勢は男らしさと女らしさで動いている。音楽の、それもクラシックなんかだと、男らしさや女らしさという観念を持つことが少ないのかもしれない。ヴァイオリンが上手な人たちは、男らしさよりかは紳士であった。いまで言うEXILEのようなマッチョな男らしさというものとは一線を画した世界にいたように思う。でも、そういったものは見た目ではないのだろう、ということもなんとなく分かってはいる。

でも、本当のところは、この世界は男性的男性と女性的女性との組み合わせが一番理想的であるように設計されているんだと思う。それに、女性的な女性は、男性を成長させる。本当に。これは本当に素晴らしい能力だと思う。「男としての」能力を自覚させ、「男としての」価値に向き合わせるような振る舞いを、素晴らしい女性は自然とできる。少ないけれど、何人か、本当にそういう人と過ごしたことがあって、それは何物にも変えがたいコミュニケーションだった。

専業主婦がどうとかいうけれど。バリキャリは嫌だとか言うけれど。世の中には、その女らしさとコミュニケーションで十分に価値を生み出している女性がいて、僕はそういう人が好きだ。どんなコミュニケーションでも、自分に気付きを与えてくれる稀有な資質を持った人がいるのだ。不思議だけれど。そういう子になら、何度ドタキャンされたって、気分屋であっても、昨日の楽しかった出来事を綺麗さっぱり翌日には忘れていても、(頭が割れるくらい苦しいだろうけど)許せる気がする。要するに、もう少し男らしい顔つきになりたいということ。


まあ、男らしさと女らしさという区別でしかものを考えられない人というのは、一緒にいるとその狭量さに辟易してしまうってのがほんとのところだけども。