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自己肯定感

人はそれぞれに自己肯定感を持って生きていて、なんとなくだけど、同じくらいの自己肯定感を持って生きている人と一緒にいると、心地よいと感じるような仕組みになっているんじゃないかと思う。人は、言葉を介してなされるものの他、言語外にもたくさんのメッセージを送受信している。言葉による伝達が最も伝達能力が高いわけではない。人によってその感度には違いがある。言葉、仕草、視線、距離といったものは、まだ意図的に制御できる。つまり、戦略的に使うことができる、意識レベルでのコミュニケーションと言える。でも、人は無意識のレベルでもコミュニケーションを行っている。無意識のレベルだから、我々には気づきようがない。でも、自分はどの程度自分に自信を持っていて、どの程度自分に不満を持っていて、どんな人を求めているか、というような意識レベルにまで上がってこないシグナルを、我々は常に送受信し合っているんじゃないか。オーラや雰囲気と呼ぶものはとても曖昧だがこれに近いのではないか。もちろん視線や態度でメッセージを送ってもそれが伝わらないことがあるように、無意識的なコミュニケーションにも、受け取れる情報と受け取れない情報には個人差があるのだろう。

最初の話に戻ると、僕らは自分にどの程度満足していて、どの程度人を信頼していて、どの程度自己評価があるのかを相手に伝えているんじゃないか。そして、俗にいう「波長が合う」「一緒にいて疲れない、居心地がいい」なんていうのはこのことを言ってるんじゃないか、と思う。自己肯定感。自己肯定感がある一定量あり(自己受容ができている)、向上心もある(ナルシシズムも持っている)という状態が、おそらく一般的には一番生きやすい。そういう人は、そういう人と一緒にいると心地よいし、恐ろしく自己評価が低い人は、恐ろしく自己評価が低い人と一緒にいると、とても安心するし落ち着く。メンヘラホイホイな人は、実のところメンヘラに共感を寄せられるくらいには自己肯定感がなく、自己評価が低いのではないか、ということを昨晩考えていた。