碧しの引退

AV女優の碧しのが引退をツイッターで発表していた。うがった見方をすれば沢尻エリカの件が頭をよぎるが、これはちょっとした出来事だ。デビュー当時から追っていたコアなファンを除けば、モルツくん監督のNTR作品以後知った男性も多いと思う。
分かりやすい記号的な身体が売れる中、凡庸な身体の女優が売れるには何らかの武器が必要だが、彼女には有り余るほどの武器があった。事実、DMMで作品レビューや批評も行なっていることもあり、男性ニーズを汲み取って作品に活かすサイクルを築いて回していたのだろうと思う。素晴らしい演技派の女優だった。
デビュー以後は凡庸な女優と変わらず(いや、まったく違ったのだが)プレステージ作品などに出演していたが、近年はながえスタイルの作品が多かった。わかりやすい構成、番人受けする作品から、より多様で複雑な性と性欲について探求する作品に取り組んでいたように見受けられた。そんな女優の引退はとても惜しい。地上波の女優でもここまで演技できる女優はそうはいないんじゃないかとさえ思う。ながえスタイルのベストDVDが出たのが半年前くらいで、AV女優としてはここから人妻作品、熟女作品へスタイルシフトしていく年代に入る。まだまだこれから見たい女優だった。
AV女優は現代の地上波を賑わす女優のB面である。ネガとポジの関係にある。これはAV女優の名前が表世界に生きる女優の名を文字って付けられることが多いことからも分かる。この世界は、表の芸能界を意識せざるを得ないし、橋本ありなや相沢みなみがFANZAの女優賞を取ったことは、いかに現代の男性が胸の大きさに頓着せず華奢な女性像を求めているかがわかるだろう。AVの世界とは、そういう社会をより生々しい欲望の側面を強く価値づけて照射するものでもある。
碧しのに関しては、2年後くらいにガラッと熟女女優として復帰してほしいと思う。

コンビニの接客

コンビニでは「店員と客」という役割を演じていれば、余計な接客もされず買い物が出来る、という精神的な気軽さがあると思っていて、「匿名な客」という扱いから「ひとりのお客さん」と個体認識されるのがとても負担に感じる。例えば、僕が「edyで」と言う前に「お支払いはedyでよろしかったですか?」と聞かれたり、「煙草の、、」と番号を探していると「マルボロメンソール4ミリでよろしかったですか?」というふうに聞かれるのが不快だ、という話をしたところ、あまり共感を得られなかった。何故だろう。コンビニの接客には買いたいものが買える以上のサービスを求めていない(なにか欲しいものがあるかも、と思ってコンビニには行かない)のに、それ以上のサービスをしますよ、みたいに感じてしまうのが原因なのだろうか。単にその店員の雰囲気が苦手なだけだろうか。
別に「あ、こいつはedyで払う奴だ(edyの準備をする)」とか「あ、こいつの煙草は41番だ」と心の中で思われるのは好きにして貰っていいのだけれど、それをコンビニの店員と客という匿名の関係から人間関係に持ち込まれると、とてもストレスだ。「はい、edyで」と「はい、その煙草で」と返すのが何となく気が重い。同じように感じる人はいないのだろうか?
なお、反対意見としては「業務効率化してるだけ」「多くても1,000円の買い物しかしない客に言う権利はない」というものだった。